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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)2号 判決

原告

山口光明

右訴訟代理人弁護士

岡村親宜

藤倉眞

右岡村親宜訴訟復代理人弁護士

望月浩一郎

被告

飯田橋労働基準監督署長

中沢義武

右指定代理人

林茂保

外二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和五二年一二月二七日付けでした労働者災害補償保険法による障害補償給付に関する処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  株式会社歌工務店は、佐々木某から東京都文京区千石一―八―二九に佐々木邸共同住宅を新築する工事を請負い、右工事のうち根切り作業を橋本勝雄に請負わせた。原告は、橋本勝雄の従業員として、昭和四八年九月二九日午後三時ころ右工事現場において根切り作業に従事中、掘削機にはねあげられた鉄製ガス管が落下して原告の頭部に当たり業務上負傷(以下「本件頭部外傷」という。)した。原告は、直ちに救急車で東弘会山川病院(以下「山川病院」という。)に運ばれ、同病院において「頭部外傷Ⅱ型、外傷性頚部症候群、頭蓋骨線状骨折」と診断された。原告は、同病院に同日以降同年一一月三〇日まで入院して、またその後、昭和五〇年五月三一日まで通院して加療し、更に日本大学医学部附属板橋病院(以下「日大板橋病院」という。)に同年四月二二日から昭和五二年九月六日まで通院し、同病院において「頭部外傷後遺症」と診断されて加療した結果、日大板橋病院によって、同日、症状固定により治ゆしたとの診断を受けた。

2  原告は、右治ゆの後、本件頭部外傷に起因する障害が残存するとして、被告に対し、障害補償給付の請求をしたところ、被告は、昭和五二年一二月二七日、原告に残存する障害は、労働者災害補償保険法施行規則(以下「規則」という。)別表に定める障害等級(以下、単に「障害等級」という。)第八級に該当するとして、同等級相当額の障害補償給付を支給する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  原告は、本件処分を不服として、東京労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、右請求は棄却された。原告は、更に労働保険審査会に再審査の請求をしたところ、昭和五四年九月二九日付けで再審査請求を棄却する旨の裁決がなされた。

4  しかしながら、原告に残存する本件頭部外傷に起因する障害は、障害等級第八級ではなく、少なくとも障害等級第六級以上に該当するから、被告のした本件処分は違法な行政処分であり、取り消されるべきである。

すなわち

(一) 昭和五二年九月六日の治ゆ時に原告に残存した障害として、(1)「両耳の聴力が一メートル以上の距離では小声を解することができなくなったもの」(障害等級第一一級の三の三)に該当する難聴と、(2)神経系統の機能又は精神の障害」がある。

(二) そして、右後遺障害のうち「神経系統の機能又は精神の障害」には「四肢脱力歩行障害(よろけて倒れる。数百米歩くと疲れて歩けなくなる。)」という症状が含まれており、そのため原告の労働能力は一般人以下に明らかに低下しており、「軽易な労務以外の労務に服することができないもの」(障害等級第七級の三)に該当する。このように、原告には、第一三級以上に該当する二つの障害があるから、原告に残存する後遺障害は、規則第一四条の規定により上位等級である第七級を一級繰り上げ、第六級に相当するというべきである。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認める。同4の事実中(一)は認める。同(二)は争う。

三  被告の主張

治ゆ時に存在する原告の症状のうち、本件頭部外傷と相当因果関係ありと判断される障害は、脳室の軽度の拡大、脳波の軽度の異常、神経系統の症状、難聴のみであり、原告が他に主張する四肢脱力歩行障害等の症状については明確な他覚的所見が認められない主訴ないし自訴にかかるものにすぎず、それらは原告に存在する基礎疾病である高血圧症及び糖尿病並びに神経症に基づくものであり、本件頭部外傷とは相当因果関係を有しないものである。

本件頭部外傷による残存障害の症状を障害等級を定める規則別表に充てはめると、前三者の症状は障害等級第九級の七の二「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に、難聴は障害等級第一一級の三の三「両耳の聴力が一メートル以上の距離では小声を解することができなくなったもの」に各該当する。そこで被告は、原告には障害等級第一三級以上に該当する障害が二つ認められることから、規則第一四条の規定により上位の等級である障害等級第九級を一級繰り上げ、原告の残存障害は障害等級第八級に相当するものとして本件処分を行ったものである。

したがって、本件処分は適法である。

第三  証拠〈略〉

理由

一  請求原因事実は、4(二)を除いて、当事者間に争いがない。

二  そこで請求原因4(二)の事実の成否(原告の四肢脱力歩行障害が本件頭部外傷に起因する障害に含まれ、そのため原告の本件頭部外傷に起因する残存障害のうち「神経系統の機能又は精神の障害」はこれにより「軽易な労務以外の労務に服することができないもの」(障害等級第七級の三)に該当するか否か。)について検討する。

1  〈証拠略〉によると、原告は、日大板橋病院において加療中の昭和五〇年一二月ころから「よろけて倒れる。数百メートル歩くと疲れて歩けなくなる。」などと四肢脱力歩行障害の症状を訴えるようになり、本件処分後である昭和五三年二月、同年六月、昭和五八年五月には、歩行中転倒して肋骨を骨折したことが認められ、これらの事実からすると、原告には昭和五〇年一二月ころから四肢脱力歩行障害の症状が存在するものと認められる。

2  そこで、原告の四肢脱力歩行障害と本件頭部外傷との因果関係について考える。

(一)  この点に関する原告の主張に沿う証拠としては、前記甲第三号証と甲第一二号証がある。甲第三号証は、身体障害者診断書であるが、これによれば、昭和五三年一二月八日東京都心身障害者福祉センター整形外科医師南光彦が原告を診断した結果、「傷病名、及び障害名」の欄に「頭部外傷による左下肢機能著しい障害兼右上肢軽度の障害」、「現症」の欄中に「左下肢軽度腱反射亢進、運動性、支持性軽度低下、中等度の痙性歩行で階段は要手すり、歩行一KM以下、常にステッキ使用」、「障害の原因」欄に「頭部外傷」と記載したことが認められる。甲第一二号証は、埼玉協同病院脳卒中脳神経研究所医師井上久司が原告代理人らの依頼により昭和五八年四月一四日、同月二一日の両日原告を診察した結果を記載した鑑定書であるが、同医師の鑑定意見の要旨は、原告の歩行障害を含む現有後遺症は頭部打撲(外傷)による頚部損傷(いわゆる頭頚部外傷)の後遺症と考えられ、糖尿病、高血圧の症状とは考えられない、というものである。

(二)  これに対する反対証拠として、次のようなものがある。

(1) 〈証拠略〉によると、関東労災病院副院長兼第一脳神経外科部長医師大野恒男は、昭和五二年一二月二一日同病院の各科で行われた原告の身体障害に関する諸検査の結果を総合し、「原告の歩行障害については、これが本件頭部外傷に起因すると推定すべき他覚的所見は存在しない。全身症状として高血圧、糖尿、黄疸を認め、身体全体の工合の悪いという自覚症状は、負傷と関係のないこれら疾病を治療しなくては消退しないであろう。頭部外傷あるいは頭頚部外傷症候群としては第九級の七の二に相当する。」と判断したこと、また、同証人の証言によると、同証人の医学的知見によれば、仮りに高血圧、糖尿病がないとしても原告の本件頭部外傷から歩行障害が発生するとは医学的に考えられず、前記甲第三号証に記載された、左下肢軽度腱反射亢進位で中等度の痙性歩行が起るとは医学的に信じられないところであることが認められる。

(2) 〈証拠略〉によると、原告は本件頭部外傷により山川病院に入院した直後から毎日血圧測定の指示を受け、降圧剤を継続して服用していること、糖尿病についても昭和四九年六月一日の試験紙を使っての検査でプラス三の反応があり、本件処分後である昭和五三年八月にも東京厚生年金病院の吉益倫夫医師によって糖尿病、高血圧につき治療を要する旨の診断を受けていること、日大板橋病院の昭和五〇年六月二一日の診察カルテに「ショック症状消失後も多彩な心気的訴え止まず、神経症化している。」と記載され、山川病院入院直後から治ゆに至るまで継続的に神経安定剤の投与を受けていることが認められる。

(三)  右のように(一)掲記の甲第三号証の作成者南医師と甲第一二号証の作成者井上医師は、原告の四肢脱力歩行障害を本件頭部外傷に起因すると判断しているが、(二)(1)掲記の大野医師作成の乙第五号証及び同人の証言に照らすと、右南、井上両医師の判断は、その根拠についての説明が不充分であって説得力に欠けると考えられ、また、(二)(2)記載のとおり原告には糖尿病、高血圧、神経症の症状が見られ、これらが四肢脱力、歩行障害の原因である可能性も否定できないと考えられることからすると、右の甲第三号証、第一二号証によって原告主張の本件頭部外傷と四肢脱力歩行障害との因果関係を肯認するに足らず、他にこれを認むべき証拠はない。

三  以上の認定事実によると、原告の本件頭部外傷が治ゆした昭和五二年九月六日当時、右外傷に起因する原告の残存障害は、脳室の軽度の拡大、脳波の軽度の異常、神経系統の症状(ただし、四肢脱力歩行障害は含まない。)、難聴のみであり、右難聴は障害等級第一一級の三の三に(難聴の障害等級については当事者間に争いがない。)、その余の障害は障害等級第九級の七の二にそれぞれ該当し、規則第一四条により併合繰り上げした障害等級第八級に該当するとして障害補償給付をすることとした被告の本件処分は適法であり、原告の本訴請求は理由がない。

よって、これを棄却し、訴訟費用の点について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官白石悦穂 裁判官納谷肇 裁判官遠山廣直は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官白石悦穂)

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